プリント需要がなくなった理由

コラム

先日、フォトイメージング協会様のセミナーにて
「写真が家族を幸せにする」
家族写真についてお話をさせていただきました。

質疑応答の中で
「プリント需要はどうしたら増えていくと思いますか?」
という質問があり、しばし考えた結果
「残したいと思えるシーンがあればその写真をプリントすると思う。残したいシーンや残したい人との関係性をどれだけ作れるか、それが写真業界に関わる者の課題です」
と答えました。

協会の事務局の方とその後
「プリント需要はこれからどうなるか?」
というお話をディスカッションしました。

現代はスマホの発達により写真を撮る頻度は増えましたが、プリントは年々減っています。その理由はいくつかあります。

データをデジタルでやり取りできるため、記録としてのプリントが減った

たとえば、まだデータのやり取りが主流ではなかった時代は写真をシェアするための手段がプリントでした。
何枚も焼き増しして、いらない写真は処分するなどして処理していました。
プリントはある意味消耗品でした。

今は、データを転送すればその作業がなくなります。
「必要な写真だけプリントする」
という取捨選択ができることで、消耗品としてのプリントがなくなりました。

プリント以外の写真の楽しみ方が増えた

以前は写真を残すと言えばプリント一択でした。
プリントをアルバムに貼り、もしくはポケットアルバムに入れて写真を保管していました。
今は、フォトブックや写真共有アプリの普及で、プリント以外に写真を見る・残すという選択肢も増えました。

楽天リサーチの2015年の調査によりますと
「1枚ずつプリントした写真でアルバムを作る」が36.7%
「フォトブックのサービスを利用して本にする」が11.6%
「カレンダーやポストカードにする」が5%
「写真をプリントすることはない」と答えた人が52.6%
となっており、そもそもプリントをしない人が半数以上います。

時代はペーパーレス化

地球の資源、ゴミ問題、そして原料や輸入コストの高騰問題。
積極的に各企業がペーパーレスに動いており、いまや教科書もペーパーレス化される時代です。
そんな中で「写真だけは紙で」という主張も、写真が好きな人ならばそうであってほしいと願いますが(私もその一人です)残念ながら、今の時代において写真だけは紙が絶対という正義は通りづらいでしょう。
まさに、プリントが減ったのは時代の流れでなるべくしてなったと思えば納得がいきます。

持たない暮らしが後押し

ミニマリストという言葉が一世を風靡し、今はアルバムは「終活のときに悩むもの」「捨てるに捨てられないもの」の代名詞でもあります。
本や服、車を持たず、電子書籍やサブスク、リースなどが若い人の価値観にもなっています。
しかし、写真は「その人だけの思い出」が詰まっているオンリーワンです。
なおのこと先の管理に困り、写真に興味がない人であればなおさら「趣味でもない処分に困るもの」を持たないでしょう。

それでも写真をプリントしたほうがいい理由

写真をプリントすることの大きな理由は「対話・コミュニケーション」であると私は考えています。

写真をプリントする。アルバムに貼る。作る。
それは過去の自分との対話であり思い出を振り返るものです。
家の中に飾る。家族が見る。そこで会話やコミュニケーションが生まれる。
両親が残してくれた写真の片隅に添えられたコメントを読んで懐かしさに浸る。両親の愛情を確認する。
不確かな目に見えないものを可視化する手段が写真であり、そして見て、触って、会話をして五感を使って楽しむことでより一層そのシーンが色濃くなるものです。

この「ひと手間をかける」作業は、忙しい現代人において置き去りにされがちですが、プリントする写真を選び、どこに貼ろうか、どこに飾ろうか迷い、その写真を通じて対話やコミュニケーションが生まれることを考えると写真は単なる物ではなく「感情を動かすツール」なのだと考えます。

画像

知らず知らずのうちに写真は心を癒している

プリントする写真を選ぶとき、その決め手になった理由が必ずあるはずです。
表情がその子らしいとか、忘れたくないシーンとか、感情が動いた場所。
日々、心が動いた瞬間を大事に持っておきたくてシャッターを切り、その中で選ばれたハイライトがプリントした写真です。
私は家族のアルバムを月に一度作成していますが、残したい写真にはそれぞれ理由があります。
出来上がったアルバムを眺めていると、その時の家族の成長や自分が残したいものがわかって面白いものです。

写真は心のセーフティーネットの機能を果たしている

過去のデータは自分を作るものであると同時に、お守りのようなものだと思っています。
「楽しい思い出がたくさんあったほうが人生は幸せ」
最近よく聞く言葉です。同時に、人は忘れる生き物です。

人が、忘れる脳の回路を持たない生物であれば皆自死してしまうというデータがあります。
それくらい、忘れるということは自分の身を守る防衛本能として備わっています。
基本、人が忘れる生き物であれば、楽しい思い出は忘れないようにしたい。
アルバムに残すのは基本的にそんな思い出ばかりでしょう。

楽しい思い出をたくさん詰め込んだアルバムはあればあるほど「私の人生、結構幸せだな」と思う場面は増えるかもしれません。

写真が家族を幸せにする

私が講演のテーマに掲げた「写真が家族を幸せにする」は
まさにこの心のセーフティーネットとして写真は機能しているのではないかと思うからです。

家族写真を家の中に飾っていれば、家族は心癒されます。
たとえばひとりで見知らぬ場所で新しい生活を始めるとき、家族写真を見ることで愛情を感じた日々を思い出し、精神を保ち心を強くします。

海外では、引っ越しの時には必ず最初に新しい家の中で家族写真を飾る場所を決めると言います。
それくらい、写真のウエイトは高いのです。
「捨てられない・処分に困るもの」は、心があるものだからです。

「残したい写真」は「残したい瞬間」から作られる

プリントが減っていくのは今後人口が減っていく限りは止められません。
それでも写真プリントを増やしたいというなら、ひとりひとりの「プリントしたくなる写真」を残すお手伝いをすることが地道ですが大事なのではと思います。
コロナ禍で「日常の家族写真」依頼が20倍に増えたというデータ結果がとある企業で発表されました。
残したいシーンは何も非日常だけではなく、日常の中に溢れているのです。

日常写真は増えている

写真がまだ高価だった時代は、写真は「お祝い事や旅行、イベントなどで撮影する特別なもの」でした。今は写真を撮る頻度は格段に上がりました。だからこそ写真は日常になり、プリントするという選択肢すら持たない人も増えているのかもしれません。
「なぜプリントするのか」という理由を見つけない限りはプリントの機会は減っていく一方です。
プリントの手段や手法にこだわるよりも先に、そもそもの
「プリントする理由」を作らないことには根本的な問題は解決しないのです。

写真はその人自身でもある

日々、たくさんの情報があふれる中、その中で撮りたいシーンを抽出し、更に残したい瞬間を選出し、SNSにアップしたりプリントしてアルバムに残す。あるいはフォトブックにする。
選定された写真が積み上げる記録はその人を作るものです。
何に心が動いたのか、何を大切にしているのか、価値観や思想なども写真一枚に詰まっています。
そんな面白く奥の深い写真という遊び今の現代にあるのですから、活用しない手はありません。
写真が持つ力を多くの人に知ってもらい、心を豊かにすることが写真業界の未来であり希望なのではないでしょうか。

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