家族写真を残した方がいい理由

コラム

家族写真プロジェクト発起人の青木水理です。
家族写真にまつわるコラムを書いていきます。

突然ですが、私の原点は家族写真です。

なぜそう言いきれるのかというと、昔出たあるワークで自分の原点を聞かれたときに、本当にすごく自然に、直感的に
「家族写真」
と答えていたからという単純な理由ですが
それを掘り下げていくといろんなことがわかりました。

思えば、私の家は昔から写真が日常にある家でした。
写真をたくさん撮っていたわけではありません。
でも、たくさんプリントして、それをアルバムに入れ、いつでも手に取れるところに置いてありました。
私は長女なので私の写真がきっと一番多いかもしれません。
重厚感のあるカバーの「水理ちゃんの生い立ち」と刺繍されてある大きなアルバムをめくると、コメント付きで写真が貼ってありました。
プリントしたL版の写真をただ放り込んだだけのアルバムもたくさんありました。
それを幼少期のころから飽きずに眺めていました。

アルバムだけじゃなく、部屋の目に見える場所には、出産した病院の前で、退院時ににっこり笑う両親と生まれたばかりのおくるみに包まれて眠る私の写真が額に入れて大きく飾られ
棚の上には日常の写真がたくさん写真立てに入って置かれています。

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そんな環境で育った私は、家族の写真はそうやって残すものだと刷り込まれていたのかもしれません。
自分の子供が生まれた時にも同じように写真を残したし、育児日記もたくさん書きました。
あとになってそれが当たり前でないことに気づき、今の仕事をしています。

アルバムを眺めるときは自分だけの写真よりも、両親と一緒に写っている写真の方が好きでした。

父が絵本を読んでくれている写真。
母に抱っこされている写真。
ステキな写真館で撮影したような写真は殆どありません。

ただ、日常のありふれた風景。
でも、今みたいに写真を頻繁に撮れるツールはないから、ここのシーンを残しておきたい、と思った写真が並んでいます。

マンションの廊下でバスケットボールを抱えて得意げに立っている姿。
ヨーグルトを食べさせてもらって口の周りが真っ白な姿。

そこにはさんであるコメントもよく読みました。
『初めての水ぼうそう!治ってきてよかったね』
などが病み上がりではにかむ私の写真の横に書かれています。

そこから父や母がどのようにして私を育ててくれたのかを知ることができました。

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両親ともに共働きで、幼いころから鍵っ子だった私は、両親と一緒に何かをした記憶が少ない方だと思います。
寂しい時も、親に反発した時もあったけど、写真があることで私はそれでも親に愛されているという実感が持てていたのかもしれません。

写真は、その時その時の記憶を蘇らせるフックのようなものだが、その状況を覚えていない子供にとってもまた、両親からの愛情を形として残せるものなのだと思っています。

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もう一つ、写真を残した方がいいと言える強烈なエピソードがありました。
私は20歳で結婚式をあげたのですが、最後に出席者全員の名前をエンドロールで流す演出をした時に、ただ名前を流すだけじゃ味気ないな、と思い、列席者全員の写真を一緒に載せることにしました。

驚くことに両親は全ての親戚の写真を集合写真で残してくれていたし、友人や職場の参列者の写真も全部あったので、その演出を実現することができました。

エンドロールで音楽とともに列席者の名前と写真が流れた時、会場から歓声が上がりました。
テーブルごとに、懐かしい話で大いに盛り上がりました。
親戚の写真には、今はもういない祖母の顔。
昔のことを思い出してとても感動したとたくさんの方に後で言ってもらいました。
その時に、写真の力をまざまざと知ったのです。

親になって写真を撮る側になって初めて、親の気持ちを知りました。
子供が可愛すぎて、一秒も逃さずにこの瞬間を残しておきたい。
一日中ビデオを回しておけたらどんなにいいかと思いました。

両親もそんな風に思ってくれていたのかもしれません。

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私は3人兄弟の一番上ですが、弟も妹も同じように写真が大好きで、実家に帰るたびにアルバムを眺めているところは私と変わりません。
写真を見ながら昔話に花を咲かせ、実家に飾ってある写真はいつの間にか子供の写真から孫の写真に変わり、それを見た私の子供(両親から見た孫)も嬉しそうです。
自分の写真が飾ってあると、自分の居場所がちゃんとそこにあるように思えます。

思い出を残せるツールはたくさんあるが、写真は撮るだけではなく、形として残すこと、そしてそれを見ながらコミュニケーションを取ったり話したりすることまでして生きるツールだと思っています。

だから、スタジオでかしこまった写真もいいけど、ありふれた日常の風景は意識して残しておきたいと思っています。
情報量の多い写真の方があとで見返した時に楽しいのです。

ぐちゃぐちゃの部屋でも、すっぴんの自分でも、育児に奮闘し、大変だったあの頃がきっと懐かしく思うようになる。
そして、それを見た子供が、こんな風にして自分を育ててくれたんだなと思ってくれたら嬉しいなと思います。

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(こちらは現在の私と次女)

子供に残してあげられる愛情の形は様々だけど、大人になって自分が大事に思う愛情表現は写真なのだと気づき
なぜそう思うのかを掘り下げていったら家族写真に行きつきました。

私が両親から受けとった愛情で一番嬉しかったのが写真でした。
だから、子供にも同じように残したいと思っているのだと気づきました。

だから、私の原点は家族写真なのです。